その日本語、ホントに合っていますか?【日本語の現在地・前編】

私たちがふだん何気なく使っている日本語。アナウンサーや声優といった放送の現場に立つ人たちはこの日本語を繊細に扱い、さらには深い愛情と好奇心をもって日本語に向き合っています。正しい日本語とは何か、ニュアンスが変わると伝わり方が変わってしまう表現をどう扱えばいいのか。そんな日本語の付き合い方や、放送現場で使用する最新のアクセントが収載された『NHK日本語発音アクセント新辞典』をめぐるお話を、元NHKアナウンサーの梅津正樹さんと、人気声優・ナレーターの浅野真澄さんにうかがいました。

実は存在しない?「正しい日本語」

———お二人はアナウンサー、声優として長らく活躍されていて、まさに日本語のプロフェッショナルです。浅野さんは声優のお仕事に加えて、ニュースやバラエティー番組など、ナレーションのお仕事も多くされているとうかがいました。

浅野さん:はい。ナレーションの仕事をするようになってから、読み方のルールがわからなくて困ることがよくあるので、今日は梅津さんにいろいろおうかがいしたいと思ってきました。『NHK日本語発音アクセント新辞典』(以後、『アクセント新辞典』)のアプリで毎日のように梅津さんのお声を聞いているので、今日はお目にかかれてうれしいです! 早速ですが、例えば原稿に「20歳」とあるとき、「はたち」と読むべきなのか、「にじっさい」と読むべきなのか、ルールはあるのでしょうか。

梅津さん:ニュースでは基本的には「にじっさい」です。「20」に意味を持たせたいとき、例えば「20歳のお祝い」などの場合には「はたち」と読みます。でも、これはルールではありません。社会でそのように使われているから、そう読んでいるんです。

浅野さん:そうなんですね。では「6、7割」はいかがですか。「7割」なら「ななわり」ですが、「6、7割」になると「ろくしちわり」になる気がするのですが。

梅津さん:「なな」か「しち」かは、現役アナウンサーでもよく迷うんですよ。「ろくしちわり」と読みますが、それは慣用的にそのように使われているからです。「ろくななわり」と読んでも間違いではありません。

浅野さん:間違いではないんですね!

梅津さん:数字は迷いますよね。後ろにどんな助数詞が置かれるかによっても変わります。ですから最新版の『アクセント新辞典』では、数字について充実させましたよ。いろんなパターンの読み方を並べてあります。

浅野さん:助かります! 本番直前に原稿を渡されて、録音ブースに一人で誰にも質問できない、というシチュエーションも珍しくないので、『アクセント新辞典』は心の支えなんです。

梅津さん:正しい日本語というものはありませんから、極端な話、どちらでもいい、どちらかにすればいいんです。ただし、聞いてくださる方が誤解してはいけません。「正しく理解していただくにはどの読み方がよいか」、というのがひとつの基準ですね。大切なのは、今どういう使い方をされているかという、時代に合った規範を考えることなんです。実は『アクセント新辞典』には、「掲載されていないアクセントが間違いというわけではありません」と書いてあるんですよ。

浅野さん:そんなただし書きがありましたか。どちらでもいいとは知りませんでした……。『アクセント新辞典』のことは六法全書くらいの気持ちでいたのですが(笑)。

どう読む? ニュースでよく聞く「八波」

———アナウンサー歴の長い梅津さんでも迷われることはあるんですか。

梅津さん:よくあります。そんなときは聞いている方が違和感のないほうを選ぶようにしています。そのためには日頃から、世間で使われているアクセント、言い方にアンテナを張っておく必要があるんですね。

浅野さん:そうですよね。例えばニュースでは、他局、他番組で同じことばが繰り返し出てくるので、読み方が統一されていないと誤解を招く可能性がありますよね。最近では新型コロウイルス感染症の「八波」を、「はちは」と「はっぱ」、どちらで読むか迷いました。『アクセント新辞典』を調べると前者が正しいとあったので、そのように読みましたが。

梅津さん:私も「はっぱ」と読まれている放送を聞いたことがあったので、迷いました。考えた末、「はち」という数字が明確に伝わるほうがよいと思って「はちは」と読んだんです。あとで『アクセント新辞典』で確認して「ああ、間違ってなかった」と安心したことがありました(笑)。
また、以前ニュース原稿にある「エレベーターの扉が開いた」を「あいた」と読むのか、「ひらいた」と読むのか、担当アナウンサーから本番直前に質問されたことがあります。複数の辞書を調べると意味は同じ、とあったのですが、もし別のアナウンサーが違う読み方をしてしまうと、視聴者が「違いに意味があるのかな」と思ってしまうかもしれないので、部内では「あいた」に統一することにしました。ニュースは気を遣いますよね。この件はあとでゆっくり調べてみると、ひとつだけ違いが説明されている辞書が見つかり、「あいた」は左右に開いた扉、「ひらいた」は観音開きの扉、ということでした。

ことばのルールは、世間から「半歩遅れて」ついていく

———ことばは時代とともに変化し、たとえば新語なども数多く生まれていますが、お二人はどのようにその変化に対処されていますか。

浅野さん:新語については、私はバラエティー番組のナレーションの仕事で勉強しています。最近学んだのは「美筋(びきん)」。体を鍛えている女性について表現するときに使うそうですよ。

梅津さん:なるほど。例えば新語に違和感をおぼえたときに、そのことば、ちょっとおかしいのでは? などと意見を伝えることもあるのですか?

浅野さん:生放送の直前に原稿をいただくので、 伝える時間がないというのが正直なところです……。

梅津さん:その表現で思い出しました。7、8年前でしょうか、「美尻」ということばを「びしり」と「びじり」、どちらで読むか同僚アナウンサーから相談されました。私は、どちらも視聴者に伝わらないだろうから、例えば「美しいお尻」に替えてはどうかと提案したんです。放送前に検討できる時間はあったのですが、番組スタッフが「もう一般化している表現だ」と主張して……結局どう読まれたんだったかな(笑)。

浅野さん:私は「だめ男」を「だめお」と読むか「だめおとこ」と読むかで迷ったことがあります。同じ番組内に何度も出てくるので慎重に考えざるを得なくて。辞書やネットで調べても答えが見つからず、最終的には番組内で統一すればよいという結論になり、確か「だめお」と読んだと思います。

梅津さん:読み方によってニュアンス、受け取られ方が変わる場合もあるので、読み手は責任重大ですよね。私がNHKのアナウンサーになったのは50年も前のことですが、新人時代と今とでは、読み方のルールもずいぶんと変わっています。

浅野さん:そう言えば「ふたりぐみ」は、以前は「ににんぐみ」と言われていたと聞いたことがあります。

梅津さん:伝統的に「ににんぐみ」と言っていたのですが、今は多くの方が「ふたりぐみ」と言うので、受け入れられていますね。ルールも変化しているんです。例えば「水面」もそう。私が新人のころはアクセント辞典には「みのも」と載っていました。でもそのころにはやった歌謡曲の歌詞では、「みなも」と歌われていたんです。そうこうするうち、『日本語発音アクセント辞典改訂新版』では、「みのも」と「みなも」、両方の読み方が記載された。ルールが世間に、「半歩遅れてついていっている」形ですね。ことばのルールは実は、世間で使われていることば、わたしたちが使っていることばから生まれるものなのです。

アプリ版
https://www.monokakido.jp/ja/android/nhkaccent2/
https://www.monokakido.jp/ja/dictionaries/nhkaccent2/index.html

〈この辞典の特色〉
●膨大かつ詳細なデータをもとに定めたアクセント
●アクセントがわかりやすいカラー表記
●本編の収録語数は7万5000語
●「新しい語」や「長い複合語」「地名」も充実
●“5本”“15日”など「ものの数え方」の一覧表を増ページ
●最新の研究成果に基づく「解説」

プロフィール

梅津正樹(うめづ・まさき)さん

元NHKアナウンサー、元獨協大学非常勤講師。1972年にNHK入局。放送用語委員、アクセント新辞典改訂委員も務めた。ことばにかかわる番組に多く出演し、「ことばおじさん」の愛称で親しまれる。著書に『敬語のレッスン』『知らずに使っている実は非常識な日本語』など。

浅野真澄(あさの・ますみ)さん

声優、ナレーター、文筆家。TVアニメ「Go!プリンセスプリキュア」(キュアマーメイド役)など出演多数。2007年、初めて書いた創作物が小学館で童話部門最優秀賞を受賞。ふだんの仕事を通じて得られる「日本語への気づき」をSNSで発信中。
Twitterアカウント:https://twitter.com/masumi_asano

■文・構成 鈴木香織
■撮影 藤田浩司
■ヘアメイク 村松亜樹
■協力 NHK放送文化研究所

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