2022年度『NHK俳句』の講座「会いたい俳人、12人」で講師を務めるのは星野高士(ほしの・たかし)さん。番組では、会いたい俳人をご紹介、今回は「杉田久女」。大正時代、女性が俳句を詠むのが難しい時代、彼女はどのように俳句を詠んだのか?名句を通じて、杉田久女(すぎた・ひさじょ)の世界をお届けします。  女性の俳句進出は大正時代、「ホトトギス」で始まりました。「ホトトギス」は高浜虚子が代表を務める俳句雑誌です。当時は女性が俳句を詠むのも生意気と思われた時代。女性にも俳句を広めた虚子の活動は、先進的なものでした。女流俳句は、女性の身近にあった「台所俳句」から出発します。  今回ご紹介する杉田久女の俳句も、台所から始まりました。一年の締めに大きな鯛を買ったのでしょうか。普段の魚には十分でも、この鯛には俎が小さかったようです。料理に対する作者の気合の入りようと、それがやや空回りしているところに、師走の気分を感じます。  母としての久女が詠んだ句にも佳句が見られます。どちらの句も、子供の可愛らしさが描かれていますが、それと同時に作者の優しい眼差しも思われます。

 台所から始まった女流俳句が、やがてそれぞれの俳句を見つけるのに合わせ、久女も優れた感性を発揮します。
 花見の後の特有の疲れを、花疲れと言います。直接述べられていませんが、この句からは花疲れをよく感じます。当時の女性の晴着は着るのも大変、脱ぐのも大変でしょう。花疲れの気分と、自分に纏わってくる紐が、繫がり合っています。  作者の父が亡くなり、父の故郷を訪れたときの句です。故人を悼む気持ちを秋冷に託した名吟ですが、純粋な写生句と読んでも完成度の高い句です。信州高原の肌寒さと、枯れつつある紫陽花の色薄さが見えてきます。  先の句と打って変わり、街中の景色です。久女の住んだ小倉の句のようです。「濁り初め」という美しい言葉遣いの中にも、港湾都市小倉の賑わいが想像されます。  雄大な一句です。山にホトトギスの鳴き声がこだましているだけでは、実に普通の景色です。注目は下五です。「ほしいまゝ」としたことで、こだまがより広々と響くのみならず、ホトトギスの自由気ままに飛び回る様子が想像されるようになりました。
 
 久女の俳句は虚子の選と共にありました。花衣の句は、ホトトギスで合評欄に取り上げられ、高く評価されました。山ほととぎすの句は、帝国風景院賞二十句に入選し、大きな話題になりました。もはや、「生意気な女」の俳句とは言えません。この風景院賞を選んだのも虚子でした。
 菊枕は九月九日、重陽の節句の風習です。乾燥させた菊を枕に入れたもので、ほのかに菊の匂いがします。邪気を払う効果もあるそうです。自宅で咲いた菊を、丁寧に枕へ詰めてゆく作者の姿が想像されます。ちなみに、久女は自家製の菊枕を虚子に贈ったそうです。そこには、虚子の健康を祈る気持ちもあったことでしょう。虚子も菊枕の香りの高さと、句を高く評価しました。
 
 時は飛んで、久女没後に書かれた虚子の小説「国子の手紙」には次のように書かれています。国子は久女を元にしていると言われています。

その女は沢山の手紙をのこして死んだ。その手紙は昭和九年から十四年まで六年間に二百三十通に達してゐる。

 今でもそうですが、句集には師匠に序文を書いてもらう慣習があります。久女は序文を書いてもらうために、虚子にお願いをしていたようです。虚子は序文の名作者でもありますので、断る訳は無いのですが……。今となっては判然としません。これだけ手紙を送られて、うんざりしてしまったのかもしれません。しかし、思いが余るあまり、それでも久女は嘆願を止めませんでした。

 昭和十一年十月号の「ホトトギス」に次のような発表がされました。

従来の同人のうち、(中略)杉田久女(中略)を削除

 同人削除とは、端的に言えば破門です。虚子を敬慕し続けた久女にとって、衝撃的な事件だったと思います。その後、久女は作句意欲も衰え、また、生きがいを失ってしまったせいか、約十年後には亡くなってしまいます。虚子によって見いだされ、華々しい活躍をした久女の俳句は、こうして終わりました。
 亡くなる四年も前ですが、作句意欲を失くした久女にとっては、最後の句となりました。もしかしたら久女も、最後の句と思っていたのかもしれません。一句目の楽しさと、二句目の寂しさの対比が、久女の俳句人生を表しているようです。 選者の一句 テキスト立ち読み! 杉田久女(すぎた・ひさじょ)
明治23年、父の赴任先の鹿児島で生まれる。東京女子高等師範学校附属高等女学校卒業後、画家で美術教師の杉田宇内と結婚、夫の赴任地の小倉に住む。大正6年「ホトトギス」に投句が初掲載。昭和7年、俳誌「花衣」創刊、同年「ホトトギス」同人になるが11年同人削除。昭和21 年没。

写真提供:北九州市立文学館
星野高士(ほしの・たかし)
1952年、神奈川県鎌倉市生まれ。祖母星野立子に師事し十代より作句。「玉藻(たまも)」主宰。「ホトトギス」同人。国際俳句交流協会理事、日本伝統俳句協会理事。句集『残響』、著書『俳句真髄』他。
◆「NHK俳句」2022年8月号掲載記事より抜粋 Eテレ「NHK俳句」は毎週日曜、午前6時35分~7時放送中(再放送は金曜午後2時35分~3時)。星野高士先生の放送は第3週です。ぜひご覧ください。
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