教育工学の専門家に聞く 自分だけの「学びの形」の見つけ方【持続可能な「学び」の話・後編】

忙しい毎日のなかで、挫折することなく、学びを積み重ねていくには。NHK出版の語学アプリ「ポケット語学」の立ち上げメンバーで、教育工学がご専門の天野慧さんが語る「社会人のための学びの秘訣」。前編では、天野さんご自身の経験から、「仕事」と「学び」を両立させ、楽しく学び続けるためのヒントをうかがいました。後編では、自分に合った学びの見つけ方、自分の傾向を捉えてモチベーションを上げる方法など、今日から実践できる「学びのアイデア」をご紹介します。

自分に合った学び方を見極めるには

———最近はデジタルでもアナログでもたくさんの学習ツールがあって、便利な反面、どれをどう使ったらいいか迷ってしまうこともあります。たくさんの選択肢の中で、自分に合うものを見つけるコツはありますか?

そうですね。最近は、学びの選択肢が増えていますので、そうした悩みを抱えている方が多いかもしれません。自分に合った教材やツールをうまく選びたいですよね。
そのために、モチベーションに関する研究で重要だと言われているのは、現時点の自分の「学びのゴールを意識する」ということです。学んでいることを通じて、いま、具体的に何ができるようになりたいのかを明確にし、それに合ったツールを選択するのがポイントだと思います。

あれもこれもできるようになりたい、試してみたいという気持ちから、さまざまな教材や学習ツールに手を出しすぎてしまい、こなしきれずに挫折するというケースをよく聞きます。そうならないためにも、最初のうちは、最低限これだけは身につけたいというものに絞り込んで、目の前の小さなゴールへ向けて、小さく始めるのがコツだと思います。

ただ、そうは言っても、「学びのゴール」をイメージするのが難しい場合もあるかもしれません。その場合は、その時に習得しようとしているスキルを、実践してみることをおすすめします。何かを学んで身につけるためには、練習とフィードバックの繰り返しが不可欠といわれています。単に教材を読み進めるだけではなく、練習問題を解いてみたり、語学であれば実際に自分で声に出して発音をチェックしてみたりといった訓練が必要なのです。そうした練習を実際にやってみると、目の前の教材や学習ツールがいまの自分に合っているかどうか、といったことも見えてくると思います。

ここでも、ポイントは、無理しすぎないことです。背伸びしすぎず、楽しく取り組むことができる程度の内容や分量が、はじめのうちはちょうどよいと思います。通常、教材や学習ツールの冒頭には「学習の進め方」のガイダンスが記載されていると思うので、それに沿って練習問題や学習活動に取り組んでみて、負担なく、楽しく進められそうかどうかを確認してみてはどうでしょうか。

「自分の傾向」を4つに分解してみる

———いろいろな学習ツールを自分の現状に合わせて使いこなすことが大切なのですね! でも、学び始めたものの学習がなかなか長続きしないという声もよく聞きます。忙しい中でやる気を継続させるためのいい方法は、何かありますか?

やる気の問題に取り組もうとする時にヒントになりそうな考え方に、「ARCS(アークス)モデル」というものがあります。
「A=Attention(注意/興味)、R=Relevance(関連性/やりがい)、C=Confidence(自信)、S=Satisfaction(満足感)」、この4つを略して「ARCSモデル」。これはもともと教える側が学び手の意欲を引き出すための考え方なのですが、学ぶ人自身も活用できると思います。

まずは、「Attention(注意/興味)」。この観点から、まずは今取り組んでいる題材に自分が興味を持てているかを確認してみましょう。もし興味を持てていないなら、学びをより楽しむことができそうなテーマを扱っている教材を探し直してもいいかもしれません。また、もっと単純に、テレビがついているなど、注意が他へ移りやすい環境になっていないかをチェックするのもいいと思います。

「Relevance(関連性/やりがい)」で言えば、学習内容と自分が目指していることとの関連性を考えてみるのがオススメです。例えば、自分は何のために学んでいるのかを振り返り、そのための学習ができているのかを見直したり、単なる作業になりがちな学習活動が、本来の目的とどう結びついているかを再確認してみたりするのです。そういったことは、学びを自分のものにしていくために有効です。

「Confidence(自信)」という点では、今までの学習を振り返って、自分の成長を確認してみるのがポイントです。そうすると「あ、ここまではできている!」などと内面的な充足感が得られて、意欲が高まります。また、実際に練習問題等に取り組んでみて、教材の難易度を確認してみることをオススメします。易しすぎると物足りないし、難しすぎてもやる気は続きませんよね。はじめのうちは、負担なく楽しくできるくらいがちょうどよいですが、徐々に、少し背伸びするくらいのものに取り組んでいけるとよいと言われています。着実にスキルを身につけて、自然と自信がついてくるようなものが選べるといいと思います。

そして、最後の「Satisfaction(満足感)」。身につけたことを実際に自分で活用する場を作ったり、自分が立てた目標に対して努力の結果がどうだったかを振り返ったりすることで、さらに学ぼうという気持ちになります。そうした気持ちになれるように、自分なりにできることはないかと考えてみるとよいでしょう。

こんなふうに、4つの観点から自分を捉え直してみることで、今の自分のクセや特徴に合った学習環境を作ることができるかもしれません。少し専門的なアプローチではありますが、難しく考える必要はありません。特に行き詰まった時は、自分の中のモヤモヤを4つに分解して頭をスッキリさせよう というくらいの気持ちで、気軽に試してみてください。

「終わらせる」学びより、「始まり」が連なる学びを!

———いろいろな学びのコツやヒントを教えていただきましたが、最後に、一番大切なポイントを敢えて1つ挙げるとしたら、どういったことになるでしょうか?

最初の話に戻ってしまうのですが、やはり「学びの捉え直し」が一番大切かなと思います。
勉強する時に目標を立てることはもちろん大切です。でもあるゴールに向かって最短距離で終わらせようとする学びって、苦しくなりがちだと思います。
そうではなく、学ぶ過程を自分なりにカスタマイズしながら自由に楽しんで、その中でいろいろな出会いを経験し、そこからまた新しい学びが始まる……そんな形なら、時には面倒な練習の繰り返しがあったり、不可抗力的な事情で学びが中断したりしても、きっと投げ出さずに学び続けられるのではないでしょうか。

苦しみを早く「終わらせよう」とする学びから、心動かされる「始まり」が連なる学びへ。まずは、イメージを転換してみることで、新たな扉が開くかもしれません。

———天野さんのお話を聞いているうちに、「学び」に対するイメージが随分変わりました! 貴重なお話をありがとうございました。

編集後記
教育工学の専門家として活躍されている天野さんですが、「このインタビューそのものが自分にとって貴重な『振り返り』の機会になり、新たな学びのきっかけになりました!」と話されていたのが印象的でした。そんな天野さんが開発に携わった語学アプリ「ポケット語学」には、学習を楽しく続けるための工夫がたくさん盛り込まれています。

プロフィール

天野慧(あまの・けい)

株式会社NHK出版でデジタル教材の開発担当等を経て、現在は株式会社グロービス主任研究員、熊本大学大学院教授システム学専攻非常勤講師。熊本大学大学院教授システム学専攻後期課程修了、博士(学術)

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■文・構成 安倍まり子

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