創刊10周年を迎えた「100分de名著ブックス」シリーズは、累計50万部を突破しました。「さらに多くの方に名著の魅力に触れてほしい!」との思いから、毎週月曜日、既刊の名著読み解きを1章まるごと公開します!
今回の名著は孔子の「論語」。「100分de名著ブックス 孔子『論語』」の「はじめに」と「第1章」より、佐久 協先生による読み解きをご紹介します(第4回/全7回)
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第1章 人生で一番大切なこと (その3)
結果より過程が大切
一般に、人間の成長を阻害しがちなものが三つあります。
何かというと、「金持ちになりたい(金銭欲)」、「偉くなりたい(出世欲)」、「有名になりたい(名誉欲)」という三つの欲望です。人呼んで、これを“三つのタイ病”という。──ってな駄(だ)洒落(じやれ)を孔子がおっしゃるはずもなく、ワタシが言ってるだけですが、孔子も似たようなことを言ってます。
まず、「金持ちになりたい」に関してです。
「君子は義に喩り、小人は利に喩る」(君子喩於義、小人喩於利、 里仁第四─十六)
(立派な人物は正義を大事にするが、俗物は利益ばっかり追いかけるもんだ)
次は、「偉くなりたい」に関して。
「鄙夫は与に君に事うべけんや。其の未だこれを得ざれば、これを得んことを患え、既にこれを得れば、これを失わんことを患う。苟くもこれを失わんことを患うれば、至らざる所なし」(鄙夫可與事君也與哉、其未得之也、患得之、既得之、患失之、苟患失之、無所不至矣、 陽貨 第十七─十五)
(ろくでなしとは一緒に仕事はできんよ。出世できない時には愚痴ばかりこぼすし、いったん出世したら、今度は地位にしがみついて、地位を失わないために、何をしでかすか分からんのだから)
最後は、「有名になりたい」への誡(いまし)め。
「人知らずして慍みず、亦た君子ならずや」(人不知而不慍、不亦君子乎、 学而第一─一)
(世間が自分の才能を認めてくれなくても、クサるんじゃないよ。それこそ、できた人間の態度というもんじゃからな)
どうですか? タイ病にとりつかれて自分を見失っちゃいかんという孔子の思いが伝わってくるでしょう。以上は皆さんの想像通りの孔子の言葉ではないでしょうか。
しかし、ここで注意しなきゃいけないのは、これとはちょいと矛盾するようなことも、孔子は言ってるんですよ。
「金持ちになりたい」に関しては、こう言ってます。
「富にして求むべくんば、執鞭の士と雖ども、吾れ亦たこれを為さん」(富而可求也、雖執鞭之士、吾亦爲之、 述而 第七─十一)
(夢や理想の実現のためにカネが必要ならば、私は執鞭の士《鞭を使って行列の先払いをする足軽》になってでもカネをためるよ)
「偉くなりたい」に関しては、こういうのがあります。
「苟くも我れを用うる者あらば、期月のみにして可ならん。三年にして成すこと有らん」(苟有用我者、期月而已可也、三年有成、 子路第十三─十)
(ああ、だれか私に政治を任せてくれんかなァー。たった一年でもいい。三年もやらせてくれたら、びっくりするほど立派な国にしてみせるんだがなァー)
こういうセリフを見ると、逆にあまりにも正直でびっくりしてしまうでしょう。孔子の出世願望が、そのまんま表れています。
「有名になりたい」に関しても、こういうのがあります。
「四十五十にして聞こゆること無くんば、斯れ亦た畏るるに足らざるのみ」(四十五十而無聞焉、斯亦不足畏也已矣、 子罕 第九─二十三)
(四十歳、五十歳になっても有名にならんような人間は、まあ、たいしたことはないな)
これも、何だか孔子らしくないでしょう。
つまり、これらを見れば分かるように、孔子はけっして、「タイ病」を全否定しているわけではないんです。
というのも、孔子の教えは、道徳的ではありますが、世捨て人の学問ではないからです。儒教的解釈のために『論語』というと消極的・禁欲的な“修身の教科書”を連想してしまいがちですが、もともと孔子が言っていることはそういうものではありません。
むしろ、孔子の教えは積極的に社会参加していくためのものであり、それゆえに現世的であり、ある意味では俗っぽいほどなのです。
でも、われわれは、そのあたりが分からずに、え? 孔子は金儲けはいいって言ってるの、悪いって言ってるの? どっちかにしてよ、と迷ってしまいます。
では、孔子はどうしろと言ってるのかというと──。
・・・その内容は、⑤へ続く。
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■『NHK「100分de名著」ブックス 孔子「論語」』(佐久 協 著)より抜粋
■脚注、図版、写真は権利などの関係上、記事から割愛しております。詳しくは書籍をご覧ください。
佐久 協(さく・やすし)
文筆業。1944年東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学院で中国文学・国文学を専攻。大学院修了後、慶應義塾高校で教職に就き、国語、漢文、中国語などを教える。同校生徒のアンケートでもっとも人気のある授業をする先生として親しまれてきた。2004年に教職を退き、現在は思想、哲学、漢籍、日本語など幅広いテーマで執筆活動、講演活動を行う。主な著書に『高校生が感動した「論語」』(祥伝社新書)、『世界一やさしい「論語」の授業』(ベスト新書)、監修に『論語が教える人生の知恵』(PHP研究所)、『論語を楽しんで生かす本』(主婦と生活社)などがある。
※著者略歴は全て刊行当時の情報です。
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*『論語』の章句について、書き下し文は現代仮名遣いで表記し、金谷治訳注『論語』(岩波文庫)をもとに一部改変、編集部で適宜ふりがなをふりました。さらに佐久流解釈による現代語訳を並記し、原文は一部旧漢字を残して付しました。
*本書は、「NHK100分de名著」において、2011年5月に放送された「孔子 論語」のテキストを底本として一部加筆・修正し、新たに第4回放送の対談と読書案内、年譜などを収載したものです。
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