創刊10周年を迎えた「100分de名著ブックス」シリーズは、累計50万部を突破しました。「さらに多くの方に名著の魅力に触れてほしい!」との思いから、毎週月曜日、既刊の名著読み解きを1章まるごと公開します! 今回の名著はニーチェの「ツァラトゥストラ」。「100分de名著ブックス ニーチェ『ツァラトゥストラ』」の「はじめに」と「第1章」より、西 研先生による読み解きをご紹介します(第2回/全7回)

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※第3~4回は5月16日、第5~7回は5月23日に公開予定です。
第1章 ルサンチマンを克服せよ (その1) 『ツァラトゥストラ』の内容紹介  最初に『ツァラトゥストラ』の簡単な紹介から始めましょう。この本の主人公であるツァラトゥストラは、三十歳のときに山に入って籠もっている「隠者」です。その後十年ほどの間に溢れんばかりの知恵がたまってきて、それを人々に分け与えようと山を降りて説教することを決意する。ここから『ツァラトゥストラ』は始まります。
 
 ツァラトゥストラは、弟子たちにさまざまな説教をしていきます。「超人と末人」「あの世(彼岸)」「友人」「同情」などさまざまなテーマが豊富に語られていきます。しかし説教をしたかと思うと、「自分を信じてはだめだ。お前たちは自分自身で自分の道を見つけなければいけない」といって弟子と別れてもう一度山に戻ったりもします。山を出たり入ったりを繰り返しながら、説教がなされていくのです。
 
 文体はルター訳『新約聖書』に近く、これは明らかに意識していると思われます。なぜなら、ニーチェのなかには「キリスト教に代わる新たな生き方の書をつくる」という気持ちがはっきりとあったからです。『ツァラトゥストラ』はいわば「聖書のパロディ」として書かれた、といっていいかもしれません。
 
 この本の冒頭に“神は死んだ”という言葉が出てきますが、ニーチェといえば激烈なキリスト教批判をした人、というイメージがあります。しかし、彼の批判はキリスト教だけにとどまりません。キリスト教はいわば象徴であって、科学技術の進歩に対する信仰、さらには民主主義、社会主義、国家主義など、ヨーロッパで信じられてきたこれまでの最高価値はすべて「キリスト教的なもの」であった、とニーチェは考えています。だから彼がめざすのは、ヨーロッパのこれまでの価値すべてに対する批判なのです。
 
 主人公ツァラトゥストラは、新たな価値基準を人類に与えようとする預言者のような存在であり、その言葉は、そのまま著者の思想と同じだと考えてかまいません。──ちなみに、ツァラトゥストラという名前はゾロアスター教の開祖ゾロアスターのドイツ名です。もっとも、ゾロアスター教にニーチェが影響をうけたということはなく、キリスト教とは無縁な名前を用いたかっただけのことでしょう。ともあれ『ツァラトゥストラ』という書物は、「今までのヨーロッパすべてを清算して新しい文化(新たな価値基準と生き方)の礎をつくる」という、ニーチェの壮大な自負のこもった本なのです。
 
 しかしその思想は、なかなか読み取りにくい。詩がしばしば入っているように、哲学書というよりは文学書の趣のある本で、美しく心に残るシーンもいくつかあります。しかし比喩が多くてどう解釈してよいかとまどうところも少なくありません。また『ツァラトゥストラ』の副題は「万人のための書だが、だれのためのものでもない書」というもので、ニーチェ自身、この本の思想はそう簡単にわかるものじゃないぞ、と思っていたようです。ですから、『ツァラトゥストラ』の中心思想を解読するためには、ニーチェの書いた他の本もあわせて読むことが必要になってきます。ぼくも、しばしば他の書物を参照しながら説明していくことにしようと思います。
 さて、『ツァラトゥストラ』の主要なテーマは二つあります。「超人」と「永遠回帰」です。『ツァラトゥストラ』は四部で構成されていますが、前半の第一部と第二部のテーマは「超人」です。「人間は、動物と超人との間に張り渡された一本の綱なのだ」という有名な言葉(第一部「ツァラトゥストラの序説」)が出てきますが、これは一種の進化論みたいなもので、人間とは動物から超人に向かう間の存在であり、人間そのものではまだだめで人間を超えていかなければいけない、というわけです。この第一部、第二部では、「超人のために没落せよ」という言葉が何度もリフレインされます。「超人にはなれなくても、超人のために超人を用意すべく努力して死んでいけ。自分のあとに超人が生み出されればいい」というような意味ですね。
 
 さらに後半の第三部と第四部では「永遠回帰」の思想が大きなテーマになります。「万物は永遠に繰り返す。どんな忌まわしい過去もまためぐってくる。君はそんな嫌なことを含んだこの人生を何度でも繰り返すことを欲するか?」。すなわち、自分の人生を究極的に受け入れて肯定できるか、と突きつけてくるのです。ツァラトゥストラ自身も、この永遠回帰をなかなか受け入れられず苦悩するのです。
 
 さて、『ツァラトゥストラ』には「友情とは」「女とは」など、さまざまなテーマが出てきますし、意味ありげな不思議なシーンもたくさんあります。しかし本書では、その一つひとつに立ちどまって解説することはしません。そうではなく、超人と永遠回帰という二つの中心思想に絞って、その意味合いを深く解きほぐしていこうと思います。これを頭に入れてから『ツァラトゥストラ』を読むと、不思議なシーンについても「たぶんこんなことかな?」と推測できるでしょうし、さまざまな小テーマを味わっていくこともできると思います。
 では次に、ニーチェ自身の人生について見てみましょう。
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■『NHK「100分de名著」ブックス ニーチェ『ツァラトゥストラ』』(西 研 著)より抜粋
■脚注、図版、写真は権利などの関係上、記事から割愛しております。詳しくは書籍をご覧ください。
西 研(にし・けん)
1957年、鹿児島県生まれ。哲学者・東京医科大学教授。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。京都精華大学助教授、和光大学教授を経て現職。主な著書に『ヘーゲル・大人のなりかた』(NHKブックス)、『哲学のモノサシ』(NHK出版)、『実存からの冒険』『哲学的思考』(ちくま学芸文庫)、『集中講義 これが哲学!──いまを生き抜く思考のレッスン』(河出文庫)など、共著に『よみがえれ、哲学』(NHKブックス)、『完全解読 ヘーゲル「精神現象学」』(講談社選書メチエ)、『超解読! はじめてのヘーゲル「精神現象学」』(講談社現代新書)などがある。

※著者略歴は全て刊行当時の情報です。
大人の学び直しにおすすめ! NHK「100分de名著」ブックス&「学びのきほん」シリーズの紹介はこちら *本書における『ツァラトゥストラ』はじめ、ニーチェの著作からの引用部分については、原則として著者の訳によります。例外箇所については、適宜その部分に翻訳者名を記載しました。
  
*本書中の引用部分に今日では差別的な表現とされるような語が用いられている箇所がありますが、古典としての歴史的、また文学的な価値という点から、原文に沿った翻訳を心がけた結果であることをご了解ください。

*本書は、「NHK100分de名著」において、2011年4月と8月に放送された「ニーチェ ツァラトゥストラ」のテキストを底本として一部加筆・修正し、新たに第4回放送の対談、年譜などを収載したものです。
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