創刊10周年を迎えた「100分de名著ブックス」シリーズは、累計50万部を突破しました。「さらに多くの方に名著の魅力に触れてほしい!」との思いから、毎週月曜日、既刊の名著読み解きを1章まるごと公開します! 今回の名著はニーチェの「ツァラトゥストラ」。「100分de名著ブックス ニーチェ『ツァラトゥストラ』」の「はじめに」と「第1章」より、西 研先生による読み解きをご紹介します(第4回/全7回)

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※第5~7回は5月23日に公開予定です。
第1章 ルサンチマンを克服せよ(その3) ワーグナーと『悲劇の誕生』の影響  さて、バーゼル大学に向かったニーチェのその後です。一八六九年、二十四歳の若さで古典文献学の員外教授に就いたニーチェは、翌年あっという間に正教授に就任します。これはまったく異例の抜擢でした。この時期にできた友人はフランツ・オーヴァーベックという神学者で、彼はのちにバーゼル大学の学長にもなります。五年間、同じ下宿で毎朝ご飯を食べたというのですから、肝胆相照(かんたんあいて)らす間柄だったのでしょう。

 意外に思われるかもしれませんが、ニーチェはおしゃれでした。下宿の部屋にはピアノを置き、花も飾ってとてもきれいにしている。また、おいしいものを食べる、素敵な服を着るという日常的な楽しみも大事にしていました。当時のドイツ人の「質実剛健」なイメージからすると、まったく対極的ですね。もしかしたら、女性ばかりのなかで育てられたことも関係しているかもしれませんが、ともかくおしゃれにはたくさんのお金をつぎこみます。そして、自分が興味あって面識ある人の場には、着飾ってどんどん顔を出していく。なかでも、ニーチェがとくに交流を求めたのがワーグナーでした。

 このころワーグナーは五十代半ばで、すでに名声を確立し、スケールの大きなカリスマ的人物としてたくさんの人々から賞賛を浴びていました。ニーチェはワーグナーと妻コジマの別荘に訪れては入り浸っています。ニーチェにとってワーグナーとは、いったいどのような存在だったのでしょうか。
 
 ニーチェはワーグナーをさして「アイスキュロス(古代ギリシャ三大悲劇詩人の一人)が現代に生きている」といったそうですから、古代の悲劇詩人が現代に生まれ変わったような存在であり、古代ギリシャの精神をドイツとヨーロッパにもたらしてくれる「文化改革者」として捉えていたことになります。他方のワーグナーも、ニーチェのことを自分の音楽を理解し支えてくれる若く知性ある青年と思っていたようです。そして二人はともに、熱烈なショーペンハウアー支持者でもありました。
 
 いずれにせよ、ワーグナーと「精神的な同盟」を結んで舞い上がっていたニーチェは一八七二年、二十八歳のときに処女作『悲劇の誕生』を出版します。しかし、これが問題の書で、その後のニーチェの人生を決定づけることになります。なぜなら、この書物は厳密な古典文献学的な研究というよりも、ニーチェ自身の芸術論をギリシャ悲劇に託して書いた面があったからです。そのために学界からは、総スカンを喰うことになりました。
 
 ニーチェは、古典文献学は実証的な精密さだけではだめで、古代ギリシャ人の精神の核心に迫るものでなくてはならず、そうすることで初めて自分たちの生をよくすることに役立つ、と考えていた。そして『悲劇の誕生』において、ニーチェはそれまでの実証研究から大きく踏み出そうとしたのです。
 その『悲劇の誕生』でニーチェが提示した説が、「悲劇はディオニュソス的なものとアポロン的なものが一緒になってできた」というものです。これは有名ですから一言説明しておきましょう。ディオニュソス的とは「生存の恐ろしい闇」であると同時に「陶酔」をも意味します。ディオニュソス神はローマ神話ではバッカス神で「お酒を飲む神様」ですから、自分が自分でなくなってみんなと一体になって溶け込んでいくことを表します。そしてこれは音楽の精神でもあります。これに対するアポロン神は明るくて輪郭と秩序がある。こちらは自分という個体の輪郭をしっかり保つものであり、造形芸術の精神です。この正反対のものが結びついてできたものがギリシャ悲劇である、とニーチェは主張しました。闇や陶酔といったディオニュソス的なものがアポロン的な「形」を獲得したものが悲劇であるというのです。ニーチェは「悲劇によって、人はその苦悩とともに自分という個体を超えて、根底の“一”に合一することができる」と考え、さらにその悲劇を現代に蘇らせた人こそがワーグナーであると捉えていました。ちなみに根底の“一”とはギリシャの言葉ですが、「すべては根源的に一つである」というイメージはドイツのロマン主義者たちに共有されていたものです。
 
 ニーチェはさらに、悲劇を滅ぼしたのは、知や理論によってすべてを理解できるとするオプティミズム(楽天主義)である、といいます。悲劇詩人エウリピデスはディオニュソス的なものを滅ぼしたと批判しつつ、最終的にはソクラテスを批判することへと向かいます。ソクラテスは「よく生きるためには何がよいことかを知らねばならない」と説きますが、ニーチェにいわせれば、知ができることは限られており、人間が生きるうえでぶち当たる深遠な苦悩には届かない。苦悩を無視してこさえあげた理屈など何ほどのものでもない、というのです。これはもちろん、時代状況の批判にもつながっています。つまり、理論と技術を万能とする進歩主義、平板に知的に人生を理解する見方への批判でもありました。

 このような『悲劇の誕生』はワーグナーやそのサークルの人々には激賞されましたが、厳密な文献学研究とはまったく認められず、ニーチェは学界はいうまでもなく、自分を推薦してくれたリッチュル教授にすら見捨てられてしまいます。義務はあるので大学には勤めなくてはならない。でも、授業を開講しても学生がまったく来ない。学生にまで見放されたニーチェの大学人としての生命は、二十八歳にしてほぼ終わってしまいました。
 
 それでもニーチェには、まだワーグナーへの期待があったはずです。ところが、その関係もしだいに崩れ始めていきます。理由は、ニーチェのワーグナーに対する「違和感」でした。ワーグナーこそは、自分たちのいまいる世界と文化を本気でつくりかえていく人間だと思っていたのに、もしかしたら彼はたんに自分の名声が欲しいだけの俗人なのではないか、それに彼はキリスト教に戻ろうとしている──。その不信感は、一八七六年、ワーグナーがバイロイト祝祭劇場を建設したときには確信へと変わっていました。でも、ワーグナーからすればニーチェの心変わりは奇妙に思えたことでしょう。これまで自分を礼賛していて、自分も目をかけて親切にしていた若い学者が、突然手のひらを返したかのように、著書(『人間的な、あまりに人間的な』〔七六─七八年〕)で悪口を言い始めたからです。ニーチェはこうしてワーグナーを批判しみずから離反していったのですが、ニーチェにとってワーグナーは生涯通して「すごい人」であり続けました。ワーグナーと彼の妻コジマと過ごしたときの幸福もいつまでも覚えていたのです。
 
 ニーチェのここからの後半生はひどいものです。もともと目は悪かったのですが、さらに悪くなり、頭痛や吐き気、胃痛が続くなどほとんど病人で、何度か自殺を考えたこともあるようです。学界はだめ、ワーグナーもだめ、体調もだめ。友人もますます少なくなる。それでもニーチェは、思想家として書き続けようとします。まだ体調がましだったころに刊行した『反時代的考察』(七三─七六年)はそこそこ評判になりましたが、体調が悪化してからの『曙光』(八一年)、『悦ばしき知』(八二年)と八〇年代に入ると、だれも見向きをしなくなります。七九年には体調悪化で大学も辞めてしまいますから、ニーチェとしては文筆業で身を立てたいという希望があったでしょう。でも、書くものはまったく売れない。大学からの年金があったので生活は成り立ちましたが、以降はイタリアやスイスのあちこちを巡りながら、売れない原稿を書き綴っていくことになります。
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■『NHK「100分de名著」ブックス ニーチェ『ツァラトゥストラ』』(西 研 著)より抜粋
■脚注、図版、写真は権利などの関係上、記事から割愛しております。詳しくは書籍をご覧ください。
西 研(にし・けん)
1957年、鹿児島県生まれ。哲学者・東京医科大学教授。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。京都精華大学助教授、和光大学教授を経て現職。主な著書に『ヘーゲル・大人のなりかた』(NHKブックス)、『哲学のモノサシ』(NHK出版)、『実存からの冒険』『哲学的思考』(ちくま学芸文庫)、『集中講義 これが哲学!──いまを生き抜く思考のレッスン』(河出文庫)など、共著に『よみがえれ、哲学』(NHKブックス)、『完全解読 ヘーゲル「精神現象学」』(講談社選書メチエ)、『超解読! はじめてのヘーゲル「精神現象学」』(講談社現代新書)などがある。

※著者略歴は全て刊行当時の情報です。
大人の学び直しにおすすめ! NHK「100分de名著」ブックス&「学びのきほん」シリーズの紹介はこちら *本書における『ツァラトゥストラ』はじめ、ニーチェの著作からの引用部分については、原則として著者の訳によります。例外箇所については、適宜その部分に翻訳者名を記載しました。
  
*本書中の引用部分に今日では差別的な表現とされるような語が用いられている箇所がありますが、古典としての歴史的、また文学的な価値という点から、原文に沿った翻訳を心がけた結果であることをご了解ください。

*本書は、「NHK100分de名著」において、2011年4月と8月に放送された「ニーチェ ツァラトゥストラ」のテキストを底本として一部加筆・修正し、新たに第4回放送の対談、年譜などを収載したものです。
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