創刊10周年を迎えた「100分de名著ブックス」シリーズは、累計50万部を突破しました。「さらに多くの方に名著の魅力に触れてほしい!」との思いから、毎週月曜日、既刊の名著読み解きを1章まるごと公開します! 今回の名著は福沢諭吉の「学問のすゝめ」。「100分de名著ブックス 福沢諭吉『学問のすゝめ』」の「はじめに」と「第1章」より、齋藤 孝先生による読み解きをご紹介します(第1回/全6回)

第2回はこちら/第3回はこちら/第4回はこちら/第5回はこちら/第6回はこちら

※第3~第4回は6月6日に、第5~6回は6月13日に公開予定です。
はじめに──カラリと明るく前向きな本 「明治の人間は、やっぱり違うなあ」。

 子どものころ、そんな言い方がしばしば私のまわりに飛び交っていたような記憶があります。私の場合でいうと、父が大正末、母が昭和初期の生まれ、祖父母たちが明治生まれ、といったことになるのですが、その祖父母の世代がよくそのような形容で評されていたのです。

 彼らのいったいどこが違っていたのかといえば、たとえば、背筋が伸びている、気骨がある、前向き、覚悟ができている、一徹でブレない。――そのようなことだったかと思います。

 明治の後には大正時代があります。しかし、「大正生まれは違う」と表現されているのはあまり聞いたことがありませんから、やはり、明治人の気骨は筋金入りなのでしょう。

 それはなぜかといえば、彼らが封建的な幕藩体制から近代国家への一大転換期を生きたという一言に尽きると思います。

 たとえば、源平合戦の時代とか、戦国時代とか、一九四五年の敗戦とか、日本史の中には「時代の変わり目」と呼ばれるポイントがいくつかあります。しかし、明治期ほど精神のあり方の変化を迫られた時期はなかったと思います。そこを生きた人たちだから、おそらく、性根(しようね)の据わり方が半端でないのです。
 さて、そこで、今回の主人公である福沢諭吉です。彼こそはその「明治の人間」の代表というべき人物です。まっすぐ前を向いてどんどん進んでいく明るさ、勇気、胆力。新しいものに順応し、ものにしていく意欲が、まさに明治時代のカラーです。慶應義塾という私立学校を作り、新聞社などの事業を興し、多数の著作をものした一級の評論家・ジャーナリストでもあります。

 私はよく思うのですが、「日本人らしさ」というものについて語るとき、そこには大ざっぱに言って二種類のものがある気がするのです。一つは、『古今和歌集』や『源氏物語』に代表されるような「もののあはれ」の心を持った日本人。古代から脈々と受け継がれてきた日本人のオリジナルの精神です。しみじみとした情感を好む、言ってみれば「湿度の高い心」です。

 もう一つは、勤勉で器用で、「働きバチ」のような日本人。こちらは、主に明治以降に発揮された精神といえると思います。言ってみれば、前者は情緒的で感性優位の精神、後者は論理的で合理的な精神です。このうち、福沢は後者も後者。合理的精神の極北のようなところがあります。

 なにしろあっけらかんとした性格で、ネチネチしたところがまるでないのです。

 子どものころ、親戚の庭のお稲荷さんの社(やしろ)にもぐりこんでご神体をあばいてみたら石のようなものが出てきたので、「なんだ、こんなものを拝んでいたのか」と、別の石とすり換えてみた。そうして罰(ばち)が当たるということが本当にあるのか試してみた、というエピソードがあるのですが、生涯それを地でいった感じです。

 自身、みずからの性格を「誠にカラリとしたものでした」と評していて、日本人としては珍しいくらい湿度が低いのです。しかし、そのくらい日本的でない人がこの国最大の変わり目を担ったから、日本の近代化は実現したのかもしれません。
 今回はそんな福沢諭吉の『学問のすゝめ』を取り上げるわけですが、私はこの本を、いまの日本にとってはまことにふさわしい一冊だと思っているのです。どの時代にも、そのときどきの問題があり、そのときどきに求められる思想というものがありますが、いま、それは福沢ではないかと思うのです。

 なぜなら、昨今の日本には、どうも「覇気」というものが感じられないからです。経済は停滞し、多くの人びとが心の問題に悩まされ、それでなくてもうつうつとしていたところに東日本大震災が起こり、ほうっておけばついつい日本全体が暗い雰囲気になってしまいます。

 そんなときだからこそ、いま以上の内憂外患(ないゆうがいかん)の危機に際して、未来への夢にもあふれていた明治日本を見直したいのです。その中でもとりわけ前向きで明るかった福沢諭吉からヒントをもらいたいと思うのです。

『学問のすゝめ』が世に出たのは明治の初期で、発売されるや大ベストセラーとなりました。近代国家としての日本は、『学問のすゝめ』に多くのことを教わりながら、この本と二人三脚するように歩みを始めました。

 ですから、いまのわれわれは、この本を読んでいてもいなくても、みなその影響下にあると言って過言ではないのです。この世に「名著」と呼ばれるものは数々あれど、私はこの本なくしては近代日本の精神的風土は語れないというくらいの名著だと思っています。

 とかく暗くなりがちなこの世の中で、われわれはどのような心構えを持つべきなのか、どこを目指せばよいのか、福沢諭吉から教わりたいと思います。

 カラリと明るく前向きなこの本を読み直して、私たちもぜひ、カラリと明るく前向きになりたいと思います。
第2回はこちら ■『NHK「100分de名著」ブックス 福沢諭吉『学問のすゝめ』(齋藤 孝著)より抜粋
■脚注、図版、写真は権利などの関係上、記事から割愛しております。詳しくは書籍をご覧ください。
齋藤 孝(さいとう・たかし)
1960年、静岡県生まれ。明治大学文学部教授。東京大学法学部卒業後、同大学院教育学研究科博士課程を経て現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」の総合指導を務めるなど、子どもの教育に力を入れている。著書に『身体感覚を取り戻す』(NHKブックス・新潮学芸賞受賞)、『声に出して読みたい日本語』(草思社・毎日出版文化賞特別賞受賞)、『読書力』『コミュニケーション力』(ともに岩波新書)、『座右の諭吉』(光文社新書)、訳書に『現代語訳 学問のすすめ』『現代語訳 論語』(ともにちくま新書)ほか多数ある。

※著者略歴は全て刊行当時の情報です。
大人の学び直しにおすすめ! NHK「100分de名著」ブックス&「学びのきほん」シリーズの紹介はこちら *本書は、「NHK100分de名著」において、2011年7月に放送された「福沢諭吉 学問のすゝめ」のテキストを底本として一部加筆・修正し、新たに第4回放送の対談と読書案内、年譜などを収載したものです。

*本書における本文中『学問のすゝめ』の引用部分は、福沢諭吉著・伊藤正雄校注『学問のすゝめ』講談社学術文庫に、文中の現代語訳は福澤諭吉著・齋藤孝訳『現代語訳 学問のすすめ』ちくま新書によりました。
関連記事