創刊10周年を迎えた「100分de名著ブックス」シリーズは、累計50万部を突破しました。「さらに多くの方に名著の魅力に触れてほしい!」との思いから、毎週月曜日、既刊の名著読み解きを1章まるごと公開します! 今回の名著は福沢諭吉の「学問のすゝめ」。「100分de名著ブックス 福沢諭吉『学問のすゝめ』」の「はじめに」と「第1章」より、齋藤 孝先生による読み解きをご紹介します(第6回/全6回)

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第1章 学問で人生を切りひらけ (その5) 味噌汁すすって「国民皆学」 『学問のすゝめ』で福沢がすすめたことには、以上のような「実学の奨励」の他にもう一つ柱があって、それは「国民皆学」――、すなわち、学ぶことに国民の全員参加を促したことです。

 それはなぜかというと、明治初年のこのころは、それくらいみなが心をあわせて国作りに励まなければ、西洋列強に食いものにされてしまうという切迫感があったからです。いま、当時の年表を眺めると、ほんのわずかな期間にガス灯がつき、鉄道が走り、近代建築が建ち並び……、現代以上ともいえる猛スピードで新しいものが登場しているのがわかります。その猛進ぶりは、そのくらい急がなければ間に合わないという焦りの気持ちの裏返しであったようにも思います。

 福沢もそのような時代の気分を全身に受けていました。だからこそ、国民を叱咤激励(しつたげきれい)し、進め、進めと鼓舞(こぶ)したのです。
 勉強は薪を背負いながらでもできる、玄米を搗きながらでもできると言っています。また、西洋文明を学ぶからといって、なにも西洋の物質生活までマネしなくていい、味噌汁と麦飯を食いながらでも十分可能なのだと主張しています。

 この熱のこもった言い方からもわかるように、『学問のすゝめ』という本は、学問はいいものだから、できればやったほうがいいという「おすすめ」のようなメッセージではなく、もっと強いメッセージと考えたほうが正解です。「国民の権利として、勉強してもいい」というよりも、「学ぶことは、国民全員の使命である」というくらいのはっぱのかけ方だったと思います。

 というと、いまの人たちはむりやり勉強の義務を背負わされるようでイヤな感じがするかもしれませんが、当時の人たちはそうではなかったと思います。庶民のほとんどは、どうやったら上の学校に行けるのだろうか、勉強できないのが悔しくて仕方ないという時代でしたから、みんなが学んでいいのだよと言われることは、勇気づけられ、希望を与えられることだったのです。

 なにしろ、それ以前の時代は、試合のレギュラー選手ともいえる身分でいられる人間は限られていて、国民のうちの十分の一、百分の一程度でした。それ以外の人間はベンチ、もしくは観客だったのです。ところが、時代が変わって、やる気さえあれば誰でもプレイヤーになれる可能性が出てきました。さあ出ておいで、一緒にプレイしようと言ってくれる監督が現れたのです。これほど希望を与えられることはなかったのではないでしょうか。
『学問のすゝめ』でスイッチ・オン 『学問のすゝめ』は出版されるや大反響を呼んで、十七編の累計部数三百四十万部という大ベストセラーとなりました。当時の日本の人口は三千三百万人、十人に一冊の勘定です。いまと違って本を買えない人もいましたし、回し読みどころか、なかには筆写する人もいましたから、それを考えると、単純部数よりも読まれた割合はもっと高かったのではないかと思われます。

 特筆すべきは、福沢のこの本を読んで、東京に出ようと思った人が非常に多かったことです。たくさんの若者が『学問のすゝめ』に刺激されて、「オレも一旗揚げてやろう」という気になって上京しました。実際、明治日本は、藩の解体後に全国から集まってきた地方出身の若者たちによって作り上げられた側面が大きいのですから、その意味では、「恐るべし、『学問のすゝめ』」なのです。

 驚くべきことに、その傾向はわりあい最近まで続いていたように思います。「とりあえず大学は東京だ」「なんてったって東京に行かなきゃ」という感じが、少なくとも昭和のうちは残っていたように思います。その若者のパワーが、日本という国を百年以上も引っぱり続けてきました。これを私は「上京力」と呼んでいます。日本の近代化のパワーを支えた、この「上京力」の柱が『学問のすゝめ』だったのです。

 ですから、話は明治に限ったことではなく、現代のわれわれ自身もまぎれもなく、福沢諭吉の『学問のすゝめ』の影響のもとにあるのです。
 そういえば、遺伝子工学の村上和雄先生から伺った面白いお話があります。人間という生きものは、身体の中にいろいろな可能性の因子を遺伝子として持っているのですが、持っているだけではダメで、その遺伝子が「スイッチ・オン」にならないと働かないそうです。そのスイッチはなにか大きな刺激を受けたときにはじめてオンになるのだそうで、たとえば、版画家の棟方志功(むなかたしこう)はゴッホの絵を見てスイッチが入り、「わだばゴッホになる」と言ったのでしょう。長嶋茂雄を見て感動してスイッチが入り、野球選手になった人は数多くいるでしょう。同じように、イチロー選手を見てスイッチ・オンした人もいるでしょうし、モーツァルトを聴いてスイッチ・オンした人もいるでしょう。

 一億総中流時代を経て、現在はみなが当然のように教育を受けられるようになりました。経済的な事情で勉強を断念せざるをえないといったケースは、明治時代ほど多くはありません。そのように、教育が当たり前になってしまうと、ありがたみも薄れ、なぜ学ばなければいけないのかという理由もわからなくなります。大学進学も、「みんなが行くから行く」という程度の情熱しかなくなり、入学したのちもできるだけ単位をもらいやすい先生を選んで「省エネでいこう」と、不純な気持ちで四年間を過ごすようになります。これらはまさに、学びの遺伝子が働いていないスイッチ・オフの状態です。

 それにくらべると、明治初期のころは国民全員がスイッチ・オンの状態でした。そのスイッチを入れたのは、ほかならぬ福沢の『学問のすゝめ』だったと私は思っています。『学問のすゝめ』によって、人びとの学びたい気持ちにいっせいに火がついた。しかも、それは江戸時代のロウソクにくらべるとケタはずれに明るい電灯の灯りであり、ゆえに、日本中が煌々(こうこう)と明るく輝きはじめた――。そんなイメージを、私は思い描いています。

 ですから、福沢諭吉の『学問のすゝめ』は単によいことを言っているというだけの本ではないのです。明治日本の人びとの心を変え、社会を変え、時代を作っていった特別な本なのです。
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■『NHK「100分de名著」ブックス 福沢諭吉『学問のすゝめ』(齋藤 孝著)より抜粋
■脚注、図版、写真は権利などの関係上、記事から割愛しております。詳しくは書籍をご覧ください。
齋藤 孝(さいとう・たかし)
1960年、静岡県生まれ。明治大学文学部教授。東京大学法学部卒業後、同大学院教育学研究科博士課程を経て現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」の総合指導を務めるなど、子どもの教育に力を入れている。著書に『身体感覚を取り戻す』(NHKブックス・新潮学芸賞受賞)、『声に出して読みたい日本語』(草思社・毎日出版文化賞特別賞受賞)、『読書力』『コミュニケーション力』(ともに岩波新書)、『座右の諭吉』(光文社新書)、訳書に『現代語訳 学問のすすめ』『現代語訳 論語』(ともにちくま新書)ほか多数ある。

※著者略歴は全て刊行当時の情報です。
大人の学び直しにおすすめ! NHK「100分de名著」ブックス&「学びのきほん」シリーズの紹介はこちら *本書は、「NHK100分de名著」において、2011年7月に放送された「福沢諭吉 学問のすゝめ」のテキストを底本として一部加筆・修正し、新たに第4回放送の対談と読書案内、年譜などを収載したものです。

*本書における本文中『学問のすゝめ』の引用部分は、福沢諭吉著・伊藤正雄校注『学問のすゝめ』講談社学術文庫に、文中の現代語訳は福澤諭吉著・齋藤孝訳『現代語訳 学問のすすめ』ちくま新書によりました。
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