
普段私たちが日常的に使っている、あいさつの言葉。
どの国の言葉も、同じようなあいさつがあるように見えますが、実は、言語によってあいさつの意味・発想は少しずつ違うようです。
今回は『しあわせ気分のスペイン語』の連載「こちらスペイン語研究所(ラボ)」より日本語とスペイン語のあいさつの発想の違いについて考えてみます。
スペイン語を勉強し始めたばかりのエスパさんと「スペイン語研究所(ラボ)」のヒデキン先生と一緒に学んでみましょう。
あいさつのお話
- エスパさん :
- ¡Buenos días, profesor Jidequín! (おはようございます、ヒデキン先生!)
- ヒデキン先生 :
- おはよう、朝のあいさつを習ってきたんだね。
- エスパさん :
- そうなんです。でも、先生、ふと、不思議に思ったんですが、このスペイン語のあいさつのどの部分が「早い」なんですか?
- ヒデキン先生 :
- ん!? ちょっと、何言ってるのかわからないな……。
- エスパさん :
- 「 おはよう」って漢字で書くと「お早う」ですけど、buenosとdíasのどっちが「早い」なのかなと思って。
- ヒデキン先生 :
- なるほど、そう思うのも当然だね。でも、実は、buenosとdíasのどちらにも「早い」なんて意味はないんだよ。
- エスパさん :
- えっ、どういうことですか?
- ヒデキン先生 :
- スペイン語と日本語の基本的なあいさつの元となっている発想が、そもそも、違うんだ。
- エスパさん :
- あいさつの発想!? ん~、ますます、わからないです……。
出会いの心持ち

スペイン語の朝のあいさつは、エスパさんが言ったとおり、「Buenos días」ですが、buenosが「良い」、díasが「日」なので、直訳すれば単に「良い日」という意味にしかなりません。「Buenos días」には、お互いに相手の日々の安寧を祈るという発想があると考えられます。これはスペイン語の姉妹言語であるイタリア語の「Buongiorno」、フランス語の「Bonjour」も同じです。
一方、日本語の「おはよう」は、漢字で書くと「お早う」となることからもわかるように、早朝に出会った人に「こんなに早い時間からご苦労様です」とねぎらう発想から出ています。
同様に、午後のあいさつは、スペイン語で「Buenas tardes」と言いますが、発想は「Buenos días」と同じ。ただし、相手に願うのは「良い午後(=tardes)」。夜のあいさつ「Buenas noches」も発想は同じで「良い夜(=noches)」を相手に願う――。こんな具合に、一日の各場面で、相手の安寧な時を願うのがスペイン語のあいさつの基本スタンスです。
これに対して、日本語の「こんにちは」と「こんばんは」は、昼や夜に出会った人に対して、「今日は(今晩は)調子どうですか」と相手の機嫌や体調に思いをめぐらすという発想に基づいています。
別れに何を思ふ

ところで、このような出会いのあいさつだけでなく、実は、別れのあいさつも、その発想は日本語とスペイン語とでずいぶんと違います。スペイン語の一般的な別れのあいさつは「Adiós」ですが、これはどのような発想に基づいているのでしょうか。
諸説ありますが、「Adiós」は「A Dios te encomiendo(私からあなたのことを神に託しておきます)」というメッセージの下線部が独立してできたあいさつと考えられています。つまり、「Adiós」は、神の加護に相手を託し、道中の安全を祈念する発想から出たあいさつと言えます。
一方、日本語の別れのあいさつには、「バイバイ」という西洋から取り入れた表現もありますが、より伝統的で丁寧なのは、「さようなら」でしょう。これは「そうならば」という表現が元になっています。さらに短くなったバージョンが「さらば」ですが、ともに、別れることになった運命を受け入れ、出会いに一区切りを付けるという発想が元にあるようです。
- エスパさん :
- あいさつは、つい、丸暗記しがちですけど、発想の違いを知っておくと、頭に残りやすいし、なんか、文化の違いも実感できますね。
- ヒデキン先生 :
- そうなんだ。あいさつだけでなく、ほかの単語や表現の背景などを知るとよりスペイン語がおもしろく覚えられるかもね。
- エスパさん :
- 今日もひとつ賢くなりました! 先生! ¡Gracias!(ありがとう!)
- ヒデキン先生 :
- いえいえ、じゃあ、また。
高松英樹(たかまつ・ひでき)
中央大学商学部教授。東京外国語大学博士後期課程満期退学。専門はスペイン語学。趣味はフラメンコギター(と書けるように猛特訓中)。著書に『スペイン語学論集』(共著、くろしお出版)ほか。2021 年10月~ 2022 年9 月にNHK「旅するためのスペイン語」出演、監修。
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国ごとの発想の違いも意識しながら勉強すれば、語学学習もさらに面白いものになりますね!
楽しんで学習を続けましょう。
◆『しあわせ気分のスペイン語 2023年10月号』より