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※第3~4回は8月8日に公開予定です。
しかし、それと反比例するように、社会人の聴講生は増える一方で、いまや十代、二十代の学生をしのぐ勢いになってきています。私のクラスに出ている人たちの平均年齢は、私の歳よりも上なのです。これはつまり、この生きづらい世の中で少しでも人生のよりどころになるものを学びたいという大人の方たちが増えてきている証拠です。
学問の中には、若いうちに始めないと習得が困難なものも確かにあります。しかし、仏教を学ぶ人に年齢は関係ありません。五十代、六十代から始めてもけっして遅くはありませんし、むしろ若い時より学ぶのに適しているくらいです。中高年の方は人生の苦悩を切実に感じていますから、若い学生さんとは比較にならないほど勉強熱心で、向上心もがんばりも人一倍。なかには八十歳を過ぎてからサンスクリットをマスターした方もおられます。みな必死になってついてきますので、私も負けてはおられぬと、たいへん励みになっています。
と──、前置きが長くなりましたが、本書ではそういった、仏教を学びたい人たちにとっての必須の名著である、ブッダの『ダンマパダ(真理のことば)』を取り上げます。
呼称は他にも、釈迦族の聖人という意味で「釈迦牟尼(しやかむに)」と呼んだり、略して「釈迦」「お釈迦様」、時には「釈尊(しやくそん)」と呼んだりします。私自身は、ふだんは「釈迦牟尼」と呼んでいるのですが、本書ではもっとも一般的な「ブッダ」という名前で呼ぶことにします。そして、そのブッダが作った、おおもとの仏教のことは「釈迦の仏教」と呼びます。
この、仏教の開祖であるブッダの言葉を短い詩の形にして四百二十三句集めたのが『ダンマパダ』です。漢訳は『法句経(ほつくぎよう)』と言い、日本では『真理のことば』という題名でも翻訳されています。数ある仏教の経典の中でも、とくに古い部類に属するものです。
『ダンマパダ』は、仏教をよりどころにして生きようとする人が、どのような心構えでものを見、ものを考え、悟りへの道を進んだらよいかという基本的な指針を示した経典です。出家の人、在家の人を問わず、広くみんなのために説かれた言葉なので理解しやすく、仏教世界でもっとも人気があります。今では仏教世界だけでなく、他の宗教の国々でも広く読まれています。
本文でも述べますが、「釈迦の仏教」は、念仏を称(とな)えれば救われるといったような、誰かに救いを求める宗教ではありません。自分の道は自分で開けという厳しい教えです。
しかし、むしろそういう厳しい仏教のほうが、現代の人びとには受け入れやすいのかもしれません。アメリカでは、この「釈迦の仏教」にもとづいて、普段の生活の中に瞑想(めいそう)を取り入れ、自律的な生き方を目指す「ナイトスタンド・ブディスト」と呼ばれる信者が急増していますし、私が受け持っている社会人学生の方々も「自分の力で自分の人生をなんとかしよう」というブッダの考えに共感している人が多いようです。
いわゆる「神頼み」でないブッダの教えは、拝んで助けてもらう救済の宗教よりも、合理的な現代人の志向に合っているということでしょう。また、ブッダは「男も女も修行すれば等しく悟れる」とも説いており、進歩的な平等思想でもあります。このような点も、人気の理由かもしれません。
古代インドで生み出されたブッダの教えが、今のこの苦悩の時代を生きる人びとの心にしっかり届くことを願って、私は本書をできるだけわかりやすく、読みやすく書きました。文中に出る『ダンマパダ』の詩の翻訳も、私なりの言葉で新たに訳し直したものです。本書を通じて、ブッダの言葉が一人でも多くの方の目に触れ、一人でも多くの方の力になることを心から願っています。
■脚注、図版、写真は権利などの関係上、記事から割愛しております。詳しくは書籍をご覧ください。
1956年、福井県に生まれる。京都大学工学部工業化学科、および文学部哲学科仏教学専攻卒業。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。米国カリフォルニア大学バークレー校留学を経て、花園大学文学部国際禅学科教授。文学博士。専門は仏教哲学、古代インド仏教学、仏教史。日本印度学仏教学会賞、鈴木学術財団特別賞受賞。著書に『出家とはなにか』『インド仏教変移論』『犀の角たち』(以上、大蔵出版)、『日々是修行』(ちくま新書)、『「律」に学ぶ生き方の智慧』(新潮選書)。共著に『生物学者と仏教学者 七つの対論』(ウェッジ選書)。翻訳に鈴木大拙著『大乗仏教概論』(岩波書店)などがある。年2回、東京で第一線科学者との公開トークセッション「科学と仏教の接点」を主宰。
(「東京禅センター」http://www.myoshin-zen-c.jp/)
※著者略歴は全て刊行当時の情報です。
*( )内の数字は、『ダンマパダ』の詩句に付いている番号を指す。
*本書は、「NHK100分de名著」において、2011年9月と2012年3月に放送された「ブッダ 真理のことば」のテキストを底本として一部加筆・修正し、新たに第4回放送の対談と読書案内、年譜などを収載したものです。