
2024年4月から放送スタートした新シリーズ「3か月でマスターする」は、教養を身につけたいけれど時間がない、好きだった分野に改めて挑戦したい、といった声に応える‟大人の学び直し講座”。歴史や数学、ピアノなど、1つのテーマを各分野の専門家が3か月にわたって、じっくり、かつわかりやすく解説していきます。
シリーズ第1弾のテーマは「世界史」。メイン講師は、早稲田大学教授の岡本隆司さん。さらに各号ごとにゲスト講師を迎え、広大なユーラシア大陸を主な舞台に、古代から現代まで歴史の大きなつながりを「アジアからの視点」でひも解きます。
ここでは、テキスト『3か月でマスターする 世界史 4月号』から一部をご紹介。オリエントを中心に、教科書だけではわからない、新たな視点から世界史を捉え直します。
東西交渉史を見直すことの意味
「中央ユーラシア」から歴史を見る
世界史を語る新しい視点を考えるうえで、カギとなるのが「シルクロード」です。ユーラシア大陸の東西にわたってつながっていた「シルクロード」では、古代より多くのものが流通していました。
シルクロードは単なる「道」ではありません。また、東西だけを結んだ交易路でもありません。南北の地域の特産品を取り引きする場としてマーケットがいくつも生まれ、それらが東西へと連なったものが、シルクロードなのです。
つまりシルクロードは、当時の最先端の商品や技術、知識が集まるマーケットの集合体だったといえます。多種多様な民族が交わる、まさに「文明の舞台」だったのです。
そして、この舞台を支えた地域であり、東のアジアと西のヨーロッパに挟まれた「中央ユーラシア」は、これまでの「世界史」にはほとんど登場しませんでした。「中央ユーラシア」の歴史は、世界史で用いられる時代区分に合った発展段階(古代→中世→近世→近代)に当てはまらないうえに、いわゆる「近代化」に結びつく要素が乏しいのです。
東西交渉史を見直すことは、「中央ユーラシア」の歴史をひも解くことにほかなりません。そして、これまでの「ヨーロッパ」「アジア」といったおおまかな地域に区切った歴史ではなく、ユーラシア全体の歴史を大きな視点で見ることができるようになるのです。
ユーラシアってどんな大陸?
農耕民と遊牧民の共存・交流が歴史を動かす
ユーラシア大陸は地球最大の大陸で、地球上の陸地の4割を占めています。その大きさゆえ、いくつかの気候に分かれていることが、ユーラシア大陸の特徴といえます。そしてこの気候分布こそが、ユーラシア大陸での歴史のはじまり――古代文明を語るうえで欠かせないものです。
「歴史と気候にいったいどんな関係があるの?」と疑問に思われるかもしれませんが、その理由はただ1つ。気候が違えば、人々の生活の基盤や形態がまったく異なり、育まれる歴史も異なるためです。さらに、気候に対処できるような技術が誕生していない古代では、気候こそが生活を左右するものでした。そのため、気候の違いが文化・文明の違いに直結し、ひいては人々の価値観や道徳観の違いにまで影響を及ぼすようになりました。
そこで、いくつもの古代文明を生み出したユーラシア大陸の気候には、どのようなものがあるか、ここで確認しておきましょう。
ユーラシア大陸の東から南にかけての沿岸は、海から吹くモンスーン(季節風)の影響で湿気の多い(湿潤)気候です。それに対し、内陸に位置する中央アジアの一帯は、海から離れているために雲が発生しにくい、つまり雨が少なく乾燥した気候なのです。
水の調達がしやすい湿潤な地域やオアシスの周辺では、農耕ができます。そして、農耕の大前提となるのは、定住生活です。水の乏しい乾燥地域では、農耕はできません。しかし、ところどころに草原(ステップ)があるため、そこを餌場(えさば)にすれば、家畜を飼うことで生活ができます。そのため季節によって草原を求めて、家畜を移動させる「遊牧」というスタイルで生活をするようになります。
まったく異なる生態環境と生活様式の農耕民と遊牧民。彼らの共存と交流が、古代のユーラシア大陸の歴史を展開させる原動力になっていくのです。
文明の成り立ちと発展
文明の発展のカギは異なる民族との「交易」
地球上に興った文明は、いずれも農耕から始まっています。狩猟などで生活をしていた人々が、あるとき水の豊かな地域を見つけ、農耕を開始したのでしょう。農耕によって得た生産物を「富」として蓄積できるようになると、人々はその地に定住し始めます。やがて人口が増えれば、集住都市が誕生。支配者などの階級が形成されます。これが文明の発展のおおまかな流れです。
ユーラシア大陸の古代文明には、いくつかの共通点があります。まず、大きな川の近くで発生していることです。これは、文明の第一歩ともいえる農耕に、水が欠かせなかったからでしょう。そして、いずれの文明も、水の豊かな地域と乾燥した地域が接する場所に位置しています。
前者には農耕民、後者には遊牧民がいることは、14~15ページ(注:本誌参照)で説明したとおりです。両者は必然的に生活の基盤や形態が異なり、生産物も異なります。お互いに相手が持っていないものを持っているのですから、それぞれの生産物を取り引きする「交易」は、ごく自然に生まれたことでしょう。その交易の場こそが都市となり、交易があってこそ、ユーラシアの古代文明が発展したといえます。
交易では、取り引きのための記録や計算が必要になったはずです。また、交易のついでに、さまざまな情報を交換することもあったでしょう。そうなると、自然と言語も発達し、文字で当時の記録を残すようにもなります。この記録こそが、現在まで残る歴史そのものであり、古代文明の発見にもつながったのです。

湿潤地域に住む農耕民は、日々大麦やナツメヤシなどの作物を作り、生活していた。一方で、乾燥地域に住む遊牧民は羊を飼育し、乳製品や毛皮などを生産していた。
↓

農耕民と遊牧民がお互いに持っていないものを交易で得て、それぞれの生活をより豊かなものにしようとした。
↓

言語や生活スタイルが違う人同士が取り引きをすると、時には軋轢(あつれき)が生まれることも。何をどういった条件で交換するのかでもめることもあった。
↓

取り引きや交渉、相談を引き受ける商人が現れ、遊牧民と農耕民の交易を担うことになった。
↓

羊などの動物やその乳製品、絹織物や作物などを商人が売る市場「バザール」ができ、遊牧民は用心棒の仕事を請け負うようになった。バザールがたくさんできると、大きな「マーケット」となり、都市に発展し、農耕民がそのまわりで耕作し作物を提供。これらの交易を通して、言語が発達し、記録を残すために文字が生まれた。

1965年生まれ。早稲田大学教授、京都府立大学名誉教授。専攻は東洋史、近代アジア史。『腐敗と格差の中国史』(NHK出版)、『近代中国と海関』『属国と自主のあいだ』(ともに名古屋大学出版会、前者で大平正芳記念賞、後者でサントリー学芸賞を受賞)、『物語 江南の歴史』(中央公論新社)、『悪党たちの中華帝国』(新潮社)、『世界史序説』(筑摩書房)など、著書多数。
テキスト立ち読み
テキスト『3か月でマスターする 世界史 4月号』では、オリエントをテーマに、古代文明、シルクロード、イスラム世界の誕生と拡大などについて深掘りします。また、ゲスト講師である早稲田大学教授の井上文則さん、東京大学准教授の守川知子さんの解説も注目です。「西洋中心主義とは?」「キリスト教の発祥はヨーロッパ?」「文明誕生の条件は、大河だけではない?」など、私たちが学校教育のなかで身につけた歴史認識に一石を投じる世界史講座です。詳しくは、こちら!↓
※『3か月でマスターする』シリーズは、4~6月の「世界史」のみ月刊で3号連続刊行、7~9月以降は3か月分で1冊の刊行となります。
おすすめ記事
◆『NHKシリーズ 3か月でマスターする 世界史 4月号』
◆文 岡本隆司
◆地図・イラスト 雉〇/ Kiji-Maru Works
◆写真 田渕睦深