2022年2月にパリに移住したミュージシャン・文筆家の猫沢エミさん。観光で訪れる“花の都”とはひと味違った街の様子、そして日々の悲喜こもごもを「まいにちフランス語」の連載、「ジャパリジェンヌ奮闘記」で綴っています。今回は渡仏までの奮闘ぶりをご紹介しましょう。 “猫連れ・コロナ禍・住宅売却”三重苦の渡仏に挑む  4月号、5月号をお読みになった読者のみなさんで、「あれから猫沢さん、ちゃんと渡仏できたのかしら?」とお思いになっている方もいらっしゃるのではないかと思う。結果から言うと、この原稿を書いている3月現在、私はめでたくパリへ着地している。しかし、こうして今パリにいても「なぜ無事に来られたのか?」と自分でも訝(いぶか)るほど、渡仏直前の2週間は嵐のような日々だった。 無事にパリジャンとなったピガとユピ。渡仏2日後、仮住まいのアパルトマンにて。        

 申請から中2日という驚異の速さでビザを取得できたのが、昨年12月24日のクリスマスイヴだった。天からの粋なプレゼントだわあと感激している暇もなく、急ピッチでその他の手続きを進めねばならなかった。まず、一緒にパリへ連れていく我が家の猫2匹———ピガとユピを出国させるための「動物の輸出手続き」。これは最優先事項だったので、すでに1年前から折をみて少しずつ下調べをしておいたし、何より先代の猫、ピキと2002年に渡仏した際の経験が大いに役立った。とはいえ、この20年の間に起きたデジタル通信の発展は凄(すさ)まじく、20年前の手続きには欠かせなかった書面・郵送(もしくはFAX)での書類提出が、ほぼ100%近くオンライン、またはメールでのPDF書類添付へと代わった。あゝ! 2000年当時の電話での大変な問い合わせと数々の書類の書き直しが、今やPC上で楽にできてしまう! 私が今回の渡仏劇中、最初に感じた年月の経過だった。 シャルル・ド・ゴール空港に着いたばかりの猫たち。想像以上に落ち着いていて安堵(あんど)した瞬間。よく頑張った! 動物が搭載される貨物室のエリアは、機内客室と同じ温度に保たれている。空港に到着した動物は、搭乗した航空会社の職員に別の出口から運ばれてくる。            

 犬や猫が海外へ渡航する場合、渡航国の条件に合わせた輸出の検査基準があって、それをクリアしなくてはいけない。行き先がフランスで猫の場合、まず渡航予定の90日前までに動物病院にてマイクロチップでの個体識別番号登録をして、狂犬病のワクチンを接種する。その後、抗体が出来るまで 90日の待機期間をクリアすることと、搭乗する空港の動物検疫所に申請書類を提出する必要がある。利用する航空会社への猫の搭乗予約も、もちろん事前にしておかなくてはいけない。通常ならば、そこまで煩雑ではない動物の搭乗予約も、コロナ禍が災いしてとんでもなくややこしくなった。

 もしもコロナ禍じゃなかったら、1機に対して2匹まで猫が飼い主と一緒に機内に搭乗できるエール・フランスを選びたかった。搭乗の条件は、ひとりの乗客に対して1匹だ。そもそもコロナ禍じゃなかったら、まずフランス人の彼が日本に来て、私の最終渡航準備を手伝い、そのままひとり1匹ずつ猫と搭乗する予定だったのだ。ところが2年近くもコロナ事情が改善しないどころか、航空チケットの予約をした数日後の1月初旬、オミクロン株が世界を席巻(せっけん)しはじめ、彼のフランスからの入国はおろか、エール・フランスで一緒にパリへ行ってくれる友人を見つけるのも困難になった。オミクロン株の行方は誰にもわからず、そうこうしているうちにさらなる新型株が出てくる可能性もあった。2年待った。でも、コロナ禍の状況はたいして変わらなかった。だから私はもう待たないことに決めた。こういう判断どころは、とにかく一旦こうと決めて進めるのが大事なのだ。もちろん、その後はフレキシブルに対応していけばいいのだけど、まずは決めて始めること。結果、航空会社をJALに変更して、ピガとユピを2匹一緒の大きなケージで貨物室輸送する、誰も巻き込まずに済む方法を選択した。結果、マンション暮らしのお坊ちゃま育ちの2匹には、「猫生」初めての引っ越しがパリ、という大冒険を強いることになってしまったが。
「お子さま2名を連れてのご搭乗ですか?」「は、はい‼(もし可能なら……)」            

 その傍(かたわ)らで、日本を離れるための各種社会手続きと、家を売却のため出国と同時に明け渡すという離れ業ミッションも待ち受けていた。このなにもかもいっぺんに済ませなくてはいけないことにも、コロナ禍が祟(たた)っていた。コロナ以前ならば、猫の輸送とパリ移住だけを先に済ませてから、私ひとりで日本に戻って各種手続きを進めれば済む話が、一度出国してしまえば、またいつ日本に待機期間なしで戻れるかわからないのだ。可能な限り、日本でできうる限りの手続きを進めてから渡仏する必要があった。幸いなことに、東京のマンションは販売開始からあっという間に買い手が決まり、契約を進めながら、今度は大量の荷物の撤去と海外引っ越しサービスの手配が始まった。友達に手伝ってもらいながらの連日の大断捨離は出発直前まで続き、ちいさなトラブルも頻発したが、すべてが時間刻みのギリギリで間に合った。

 2022年、2月14日。雪の予報もあった羽田の空には晴れ間も見えた。ピガとユピは最後の動物検疫検査を前日に終えていて、一時は危ぶまれた私のPCR検査もなんとか間に合い、私たちはパリへ飛び立った。搭乗して一瞬で寝落ちした。出発の4~5日前からほとんど寝ていなかったと思う。渡仏がヴァレンタインデーだったのは、まったくの偶然なのだけど、パリ移住計画発案から5年目にして第一目標を達成した私たちには、忘れ難い記念日になった。
テキスト立ち読み 猫沢エミ(ねこざわ・えみ)
ミュージシャン、文筆家、フランス映画を中心とした解説者。2002年渡仏。2007年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー《Bonzour Japon》の編集長を務める。超実践型フランス語教室「にゃんフラ」主宰。 著書に『ねこしき』『猫と生きる。』他多数。2022年2月より、ふたたびパリへ拠点を移して活動開始。
■NHKテキスト まいにちフランス語 2022年6月号より

NHKラジオ『まいにちフランス語』には、フランス語を初めて学ぶ方のための入門編と、基本を学んだ方がさまざまな分野のフランス語に触れることのできる応用編があります。テキストでは今回ご紹介した「ジャパリジェンヌ奮闘記」の他に、映画や時事、ゲームなどそれぞれ趣の異なる連載ページがあるので、ご自身の興味やライフスタイル、フランス語レベルに応じて多方面からフランスの文化や言葉を楽しめます。
今回紹介した猫沢さんのコラムが載っている『まいにちフランス語』6月号はこちら! テキスト最新号はこちら! NHKテキストからの試し読み記事やお役立ち情報をお知らせ!NHKテキスト公式LINEの友だち追加はこちら!
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