2022年度『NHK俳句』の講座「俳句ナビ」で講師を務めるのは井上弘美(いのうえ・ひろみ)さん。番組では、俳句上達の道標をナビゲートし、番組への投稿句の赤ペン添削を試みます。6月号の兼題は「南風(みなみ)」。名句を通じて、風の名前にも興味が持てそうです。  「南風(みなみ)」は夏に吹く南寄りの風で、「みなみかぜ」とも「なんぷう」とも「はえ」とも読みます。この句の「大南風」は「おおみなみ」と読んで、夏の明るく強い風をイメージさせます。鮑(あわび)や海胆(うに)など、海に潜って捕ったばかりのものが籠の中で輝いているのが見えます。「大南風」というスケールの大きな季語と、「籠」という小さなものを組み合わせた効果で印象鮮明です。

 ところで、この「南風」に「黒」を足して「黒南風(くろはえ)」というと、梅雨(つゆ)時に吹く湿った南風のことを表す季語になります。また「荒」を足して「荒南風(あらはえ)」というと、梅雨半ばの強い南風のこと。さらに「白」を足して「白南風(しろはえ)」というと、梅雨があけた後の明るい盛夏の風のことになります。「南風」に「黒」「荒」「白」と一字を加えることで、季節の風を捉(とら)えているのです。先人の智恵と感性に驚きます。

 第一句は、梅雨時の暗い浪で、「累々と」と表現したことで、浪が重く果てしなく連なっている様子が見え、やり切れない気分まで感じられます。第二句は「荒南風」をものともしない「青き島」。第三句は「白南風」らしい解放感のある伸びやかな一句。「砂丘」を歩くと、白い粒子の細かい砂が靴に溜(た)まってしまうのは誰しも経験するところ。それを「砂丘へもどす」と表現することで、盛夏の砂丘を満喫している気分が感じられます。

 これらの季語を知らなかった方も、「薫風(くんぷう)」はご存じでしょう。いかにも新緑の季節らしい瑞々(みずみず)しい季語です。この「薫風」が強く吹くと「青嵐(あおあらし)」。他にもたくさんの風の名前が季語になっていますから、歳時記を開いて「天文」の項目をご覧下さい。四季折々の風の名前に出会えます。
作句のヒント  この句は「南風」が吹く中で、顔を上げて歌を歌っている場面を詠(よ)んでいます。「南風の」の「の」の後には少し切れがあって、言葉を補うと「(南風が)吹いてくるよ、そんな中で」というような意味になります。「南風のおもて(顔)」ではありません。歌っているのは作者とも、作者以外の人とも読めますが、子どもたちの姿と捉えると「南風」が生きます。「南風」にしっかり顔をあげて歌う姿に、明るさや潔さ、未来が感じられるからです。

 そこで、作句のヒントです。この句のように、「風」と何かの音を組み合わせて一句詠んでみてはどうでしょう。歳時記を見ると次のような例句がありました。
*「夏の風」「夕凪(ゆうなぎ)」「青嵐」と音  第一句は詩人でもある三好達治の作品。海が好きだった詩人らしい句で、二日間の旅の間中、海岸近くで風に吹かれつつ、波や舟などの音を聞いて楽しんだのでしょう。

 第二句は「夕凪」なので、風は止んでいます。「わが櫂の音」と言っているので、自分で舟を漕(こ)いでいることがわかります。夕暮れの穏やかな海で、「鰡」が撥(は)ねたりしているのです。「AとBの音」という形にして、二つの音を組み合わせています。

 第三句の「青嵐」は、青葉のころに吹き渡る清爽(せいそう)なやや強い風です。「青嵐」の音と、近くを走る「電車」の音が一緒に「家」に届いたのです。「青嵐」と「電車」という異質なものを組み合わせている点がポイントで、夏の解放感も感じられます。
*「青東風(あおごち)」「南風(まぜ) 」「涼風」と声  第一句の「青東風」は、夏の土用のころの青空に吹く東風のこと。籠に飼われている「鷽」が、「青東風」が吹くと山嶺(さんれい)を恋い慕って啼くというのです。「鷽」は春の鳥で、昔は鳴き声を愛(め)でて飼われましたが、現在では野鳥を飼うことは禁じられています。なお、「鷽」は春の季語ですが、この句の場合は「青東風」の方が季語として強く働いています。

 第二句は「南風」と猫の鳴き声の組み合わせです。「南風(まぜ)」は「南風(はえ)」と違って湿りを帯びた風で、伊豆(いず)から日向(ひゅうが)までの太平洋岸や瀬戸内(せとうち)を中心として用いられている風の名前です。地の闇を這うように猫が鳴いて、家の中まで湿った風が吹き込んで来るのです。

 第三句の「涼風」は夏の涼しい風。昼は暑くても夜になって涼しい風が吹くとほっとします。風を入れるために開けてある窓から、子どもの元気な声が聞こえてきたのでしょう。作者はそれを「涼風の夜の家」と捉えて、優しい面持ちで眺めています。

 私たちの周囲にはいろいろな音があります。生活の音、自然の音、音楽が聞こえることもあるでしょう。放課後の校舎からは楽器の音が聞こえたりもします。私は初夏の水辺で、三線(さんしん)を弾いている人を見かけたことがありました。風の中に聞こえる音や声を捉えて詠んでみて下さい。
選者の一句 テキスト立ち読み! 井上弘美(いのうえ・ひろみ)
一九五三年、 京都府生まれ。「汀(みぎわ)」主宰・「泉」同人。句集に『汀』『夜須礼(やすらい)』等。著書に『NHK俳句 俳句上達9つのコツ』『読む力』等。俳人協会評議員、元武蔵野大学特任教授、朝日新聞京都俳壇選者。
新刊のご案内
『別冊NHK俳句 ○×で鍛える!句会の練習帖』(著書:井上弘美・岸本葉子)が6月29日に発売となります。
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◆「NHK俳句」2022年6月号掲載記事より抜粋 Eテレ「NHK俳句」は毎週日曜、午前6時35分~7時放送中(再放送は金曜午後2時35分~3時)。井上弘美先生の放送は第2週です。ぜひご覧ください。
また、番組へのご投稿も募集しております。ご応募いただく際の兼題(季語やテーマ)はあらかじめ決まっていますので、テキストもしくは番組でご確認ください。自由題でも応募できます。

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