俳優・上白石萌音さんと翻訳家・河野万里子さんが「ラジオ英会話」テキストに連載していた『翻訳書簡 『赤毛のアン』をめぐる旅』が、書籍『翻訳書簡『赤毛のアン』をめぐる言葉の旅』として刊行されました。
 この度、当時の連載記事を3回にわたって特別公開します。下部では書籍特典の上白石さんによる朗読音声を、一部公開します。(第1回/全3回)
 英語と読書が大好きな俳優、上白石萌音さん。そんな彼女が愛してやまないのが『赤毛のアン』。この連載では萌音さんが『アン』の原文を、ベストセラー翻訳家の河野万里子さんからのお手紙で手ほどきを受けながら翻訳していきます。さあ、英語と日本語を駆け巡る、言葉の旅にご一緒しませんか。 第1 回 訳者は役者に通ず 萌音さんのおたより 河野先生

 初めてお手紙お書きします。上白石 萌音です。これからどうぞよろしくお願いします。

 文通と言えど、ただのお手紙ではなく、英語への愛や語彙力を詰め込んでお送りするわけで、ペンを握る手に思わず力が入ってしまっています。でも、翻訳家に憧れた高校時代の夢が実を結ぶようで、とてもわくわくしています。

 さて、大好きな『赤毛のアン』、こんなふうに訳してみました。
 いかがでしょう? どれくらい自由にしてよいのかわからず、まずは思うままに訳してみました!

 どうしよう、と思ったのが“wincey”の訳です。直訳してもピンと来なくて…文化的に馴染みがないものは、ほかのものに置き換えることもあるというのをちらっと思い出しましたが、よいものが浮かびませんでした。

 簡単ではないからこそ楽しいです! ご指導、よろしくお願いします。

上白石 萌音
河野さんのおたより  こんにちは。昨年、萌音さん(と呼ばせてくださいね)に初めてお会いして、情感豊かで清涼感あふれる舞台を拝見してから、お手紙を心待ちにしていました。「訳者は役者に通ず」という言葉があります。「やくしゃ」という同じ音で、翻訳の「訳者」も舞台の「役者」も、原作の面白さやすばらしさを表現して伝えようとする点で、相通じるところがある、という意味です!

 さて、初回はAnne of Green Gables で、アンが初めて読者の前に登場する場面です。萌音さん、「簡単ではないからこそ楽しい」との心意気、うれしいです! 具体的には、やはりまずwincey の訳語を変えたいですね。辞書では「ウィンシー(一種の綿毛交織布で…)」ですが、カッコの中に注目です。綿と毛を混ぜて織っている布─こういう布を、一語で何と言う? 辞書でピンとこないときは、いったん辞書を離れて頭の中で言葉を探しましょう。国語辞典もどんどん引いてください。そこで「混紡」という言葉が出てくれば、しめたもの。

 混紡とは、上質素材100%ではなく、実用的で質素な生地ということ。アンの様子も、よりはっきりイメージできるようになるのではないでしょうか。

 次に、翻訳全般に使える訳し方のコツとして、「頭から訳す」ということがあります。英文和訳では、単語の修飾関係などがわかるように、後ろから「さかのぼって訳す」ことが多いと思いますが、これを英語の発想のまま、原文どおりの語順で訳していくのです。たとえば第1文は「年齢はおよそ11歳、」と始めます。11歳なら「子ども」なので、この語は省いてオーケー。終わりは、garbedを形容詞ではなく動詞に訳してみましょう。また日本語ではvery を全部「とても」とせずに、同じ意味の違う言葉も使うと、流れがよくなります。

 さあ、どんな訳に変わるでしょう? 第1文に再チャレンジを、どうぞ!

河野 万里子
萌音さんのおたより  お返事ありがとうございます。先生からのお手紙、なんだか温もりに包まれていて、ずっと言葉と向き合われている方なのだなあとじんわり感動しております。さて、再チャレンジ、してみました。

 「年齢はおよそ11歳、着ているのは、とても短く、あまりにきゅうくつで、ひどく汚れた、黄ばんだ白の混紡の服だ。」

 いかがでしょうか? 頭から訳したほうが、確かにスッキリします! それと「ウィンシー織り」が「混紡」になっただけで、この文がグッと身近になったみたいです。面白い…!
 訳者は役者に通ず。翻訳に惹かれる意味がわかりました。よい「やくしゃ」になれるよう頑張ります!

上白石 萌音
河野さんのおたより 上白石 萌音さま

 ずいぶん読みやすくなりましたね! 服のイメージも浮かびやすくなったと思います。たった一文でも、この違い。面白さを実感してもらえて、よかった!

 very もよく工夫しましたね。さらにあと一押し、「もう体に合わない着古した服」であることが伝わるよう、私の試訳を参考にしてみてください。ugly は「きれい/汚い」より「美/醜」を表す語であることを、反映させてみましょう。
 次回は、この場面の続きを訳してみましょう。長い文が続きますが、今回のように、読みやすくわかりやすい日本語を心がけてみてください! 読者の皆さんも、挑戦してみてくださいね。

河野 万里子
So far, the ordinary observer; an extraordinary observer might have seen that the chin was very pointed and pronounced; that the big eyes were full of spirit and vivacity; that the mouth was sweetlipped
and expressive; that the forehead was broad and full; in short, our discerning extraordinary observer might have concluded
that no commonplace soul inhabited the body of this stray womanchild of whom shy Matthew Cuthbert was so ludicrously afraid.
— Anne of Green Gables Chapter 2 Matthew Cuthbert is Surprised
上白石萌音さんの朗読音声(第1回)はこちら 上白石萌音(かみしらいし もね)
俳優。

河野万里子(こうの まりこ)
英語・フランス語の翻訳家。主な訳書に『カモメに飛ぶことを教えた猫』『星の王子さま』など。
今回公開した連載をまとめ、加筆し、撮り下ろしカットや朗読音声を加えた書籍『翻訳書簡『赤毛のアン』をめぐる言葉の旅』が、5月26日より全国の書店、各ネット書店で予約受付を開始いたします。

楽天ブックス限定で、初回生産分のみ『翻訳書簡『赤毛のアン』をめぐる言葉の旅』オリジナルポストカードが付きます。
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